力が入らない時、
がんばれない時、
疲れて限界にきた時、

声が張れない
力が入らない

自分の本来の姿が浮き上がってくる時がある。
ナチュラルなありのまま。

が、本人は
動けないところに焦点を当てて
「ダメだー」とヤキモキしてたり。

疲労やあせりの向こう側、
愚痴や泣き言の向こう側、
心配の向こう側
(あるいは、そういう感情さえでてこない)

脱力して現れてきている
ニュートラルなものがある。

鳥が羽を動かさず、
ただ滑空している感じの。

その時信頼出来る人に、
「今、その感じでいいのだよ」と
指摘された事がある私。
とてもありがたい事でした。
そんなのが何度かある。

「へ?」となるけどね。

「こんなのが?」て。
「いや、やばくない?」

その脱力がいいの

「ダメな自分を受け入れる」じゃないの。
「いったん休んで、またがんばりましょう」じゃないの。

こんな自分はダメだと判定してたのは
超~勘違い(爆)
って感じ。

それでいいのよーー
それがいいのよーー

力みがないのが、演技がないのが、
空回りでもないのが、

そのありのままが自分も周りも
しなやかにして、「気」がよりよくまわる。

その抜け加減をベースにしたほうが
パフォーマンスがあがって
物事がうまく進んだり、信頼もされたりね。

それで、力(防御や緊張)が抜けた自分を受け入れ、

いったんよく寝て、歩き出そう。
脱力しながら情熱があり、
そこから始まるものもある。

ボディワークもいいよ、金魚整体
エネルギー的にも整えるから。
(ステマみたいじゃないか(^▽^;))

あ、先日カフェで、
超早口で、どこか力入れて話してる男性がいたの。
でも、きっとこれ、対人関係で見せてるデフォルト。
横にいるとなんか疲れるんだけど(エンパスあるある)、
本人、力抜いてナチュラルに話すのは怖いと思う。

ソコですよ、ソコ。

で、今の私の課題のひとつは
大勢の前での緊張なく軽やかに。
ライブパフォーマンスのためにも!

ヒーラー画伯ともえ